企業の成長やイノベーション創出には、社員の積極的な取り組みが欠かせません。
しかしその一方で企業は様々な課題も持っています。優秀な人材の確保、離職防止、組織におけるエンゲージメントの向上——。こうした課題は今や特定の業界や規模に限らず、多くの企業経営者が共通して直面する構造的問題となっています。現場に目を向けると、課題はさらに複合的です。
- 付度文化の蔓延により現場からのアイデアが生まれにくくなる「同質化と停滞」。
- 失敗を恐れ挑戦を避ける「心理的安全性の欠如」。
- 指示待ちの部下と孤立するリーダーによる「マネジメントの機能不全」。
- 「仕事への意味・意義を見出せない」ことによるエンゲージメントの継続的な低下。
これらのテーマに対し、多くの企業が研修・ワークショップの導入で対処を試みてきましたが、「職場に戻れば元通り」という声は後を絶ちません。
知識・スキルの習得にとどまり、行動変容・組織変革へと接続されないまま終わる——そうした限界が、人材開発の現場で繰り返されています。
こうした状況の中、ある企業が選択したのは「ミュージカル」という一見異色のアプローチでした。
なぜ、タンスのゲンは4人の社員をミュージカルに送り込んだのか

福岡に拠点を置く家具・インテリアのEC事業会社 タンスのゲン株式会社(以下、「タンスのゲン」)。創業62年、143名(※ 2026年4月時点)の社員を抱えるタンスのゲンは、社員を大切にする風通しのよい社風のもと、組織をさらに進化させるための次の一手を模索していました。
社長はこう話します。

「若手の中でリーダーとなるような人材をどう育成していくかが最大のテーマでした。ボトムアップで意見を出し合い、変えていく社風を目指しており、その実現をさらに加速させたいと考え、4人を送り込む決断をしました。」
こうして、NPO法人コモンビートが主催する「100人100日ミュージカル®︎プログラム」の第66期九州プログラムへの社員派遣が決定しました。100人の参加者が100日間をかけて一つの舞台を創り上げるこのプログラムは、単なる芸術体験ではなく、越境学習の場として人材・組織変革への活用が期待されました。
社内公募で集まった4人の「越境人材」
タンスのゲンが選んだのは、社内公募という方法でした。手を挙げたのは、職種も年次も異なる4名。ダンス未経験者もいれば、人前での表現活動に不慣れな者もいます。それでも自ら手を挙げたこの4名が100人の一般社会人とともに、100日間の舞台制作に取り組むこととなりました。

組織変革への示唆:3つの変容事例
変容① 「チームで進む力」の獲得
業務や意思決定が特定の人に集中してしまい、組織全体としての主体性や柔軟性が発揮されにくくなることは、多くの組織で見られる課題です。特定のメンバーへの依存度が高まることで、チーム内で経験や判断機会が偏り、人材育成や組織の持続的な成長にも影響を及ぼします。変化の大きい時代においては、一部の人だけが担う組織ではなく、メンバー一人ひとりが主体的に考え、役割を担いながら協働できる状態が重要になります。個人への依存を減らし、チーム内で経験や責任を共有していくことで、自律的な行動や挑戦が生まれやすくなり、組織全体の成長力や再現性の向上につながります。
課長職として参加した田中さんにとっては、今回のプログラムはその転換点となりました。「自分でやった方が早い」という意識から抜け出し、メンバーを信頼して任せることの大切さを、100日間の体験を通じて実感していきました。

「これまでは自分一人でやった方が早いという思考に縛られていました。しかし今は、相手の目を見て想いを伝えることができるようになりました。課長として、メンバー一人ひとりが力を発揮できる関わり方へと転換していきたい。一人で速く進むのではなく、チームとして強く進める存在でありたいと思っています。」
また、100人規模でミュージカルを創り上げるという制作環境の中では「一人で完結する」ことは構造的に不可能です。役割分担・相互依存・協働が自然と求められる中で、「頼る・任せる・巻き込む」という行動様式への転換が促されていきます。新ヶ江さんは以下のように語ります。

「本番直前、極度の緊張で震えが止まりませんでした。そのとき、近くにいた仲間に気持ちを話したら、落ち着いて本番に臨むことができました。参加前であれば、一人で抱え込んでいたと思います。誰かを頼れるようになったことが、最大の変化です。」
変容② 「自ら動く・貢献したい」という意欲の芽生え ── 内発的動機の醸成
組織の持続的な成長には、社員一人ひとりの自立と主体性が欠かせません。これからの組織には、与えられた役割を果たす力に加え、自ら問いを立て、周囲を巻き込みながら挑戦していく姿勢が求められています。評価や指示といった外発的動機だけでなく、自分自身の興味や想いから動き出す内発的な行動をどう育んでいくか——タンスのゲンにとっても、今回のプログラムは、その可能性を探る取り組みとなりました。

「参加前は、与えられた仕事をこなすだけの日々でした。このプログラムを通じて、他者と異なる非日常的な経験ができたことへの充実感を得ました。他者の評価を過度に意識することなく、多様な挑戦に踏み出せるようになりました。」
この変容は業務行動にも直接現れています。今村さんはこう話します。

「カスタマーサポートからの問い合わせへの即レスが習慣になりました。『頼られたい』という意識が生まれたからです。プログラム内で仲間に助けてもらった経験が、『信頼される人間でありたい』という動機に変わっています。」
「しなければならない」から「したい・役に立ちたい」へ。この動機の変化が、行動のスピードや質、部署を越えた横断的な連携にまで広がっていました。
変容③ 「想いを言葉にする力」の解放 ── 心理的安全性の内面化
ボトムアップ文化をさらに育んでいく上で、「現場からの声をいかに引き出すか」は多くの組織に共通するテーマです。完璧さへの過度な執着、失敗への恐れ、評価への過敏さといった心理的なブレーキを外し、自分の想いを言葉にして発信できる人材をどう育てるか——その変化が、今回のプログラムを通じて確かに生まれていました。

「100日間を通して、『完璧でなくともやり切る』という思考に切り替わりました。気づきや想いを積極的に発信できるようになり、これからは周囲に影響を与える『発信側の人間』として行動していきたいと考えています。」
新ヶ江さんも、1on1面談における変化を報告しています。
「面談において、自分の考えや改善提案を自分の言葉で率直に伝えられるようになりました。以前は言語化すること自体に躊躇がありましたが、今は具体的に伝えられるようになっています。」
最終報告と今後の展望

100日間のプログラム終了後、タンスのゲンとコモンビートは成果報告の場を設けました。参加者4名それぞれが業務における具体的な行動変容を報告。社長からは、こんなコメントが届きました。
タンスのゲン株式会社 代表取締役 橋爪 裕和氏
「チームビルディングとして非常に価値のあるプログラムだったと評価しています。自分の想いを言葉にして伝える力は、仕事においても欠かせません。今後も積極的に発信し、組織を牽引していくことを期待しています。」
コモンビートは、「自分の内側にあるものを外に出し、それを互いに受け取り合う」という〈表現文化〉を、企業組織の中にも広げていくことを目指しています。今回の取り組みは、タンスのゲンが目指す組織づくりとも方向性が重なるものであり、個人の変容を起点に、組織や関係性そのものが変化していく可能性を示す実践となりました。
今後もコモンビートでは、企業と連携しながら、主体性や相互理解を育む組織づくりの取り組みを広げていきたいと考えています。
今回参加した4名の挑戦が、タンスのゲンという組織にどのような変化をもたらしていくのか。そして、その変化が周囲へどのように広がっていくのか。個人の一歩から始まる組織変革の実践として、今後の展開に注目していきたいと思います。

