「こんな女性になりたいって思えた」
2011年12月、片山貴世さんの2回目のライブが都内で行われた。
彼女が歌い出したとたん、伸びやかで透明感のある歌声は、時には優しく、時には力強い空気を放ち、観客をすっぽりと包み込む。
歌が上手い人は世の中にたくさんいるが、彼女の歌声はどうしてこうも聴く人の心にスーッと染み込んでくるのか…。
歌は昔から好きだった彼女。
しかし幼い頃、母から『音痴』と言われた事もあり、自分が歌が上手いと思った事はなかったという。
中学になると友人とカラオケに行く機会が増え、時々友人から『歌上手いね』と言われたが、それでも自分の歌声に自信が持てずにいた。
歌うのは好きだったが、歌の道に進もうとは思わず、東京の大学に進学を決めた。
「当時憧れだった人が卒業した大学。自分で選んで、頑張って勉強して入ったはずなのに…
一学年の人数が1000人ほどいて、人の多さにとにかく戸惑った。それまで中高一貫学校で育って、すれ違う学生が全員顔なじみだった私は、ものすごくギャップを感じてしまった。
もともと激しい人見知りだった私は、友達が作れなかった。勉強にも身が入らなくて大学に行く目的を見失って、通学できない時期があった」
大学に行けず、バイトだけの日々が3年ほど続く。
「大学に行けないけど、辞めたくないっていう気持ちもあって…。葛藤がずっとあった。母にも申し訳ないっていう気持ちもあったし、そろそろ何とかしなきゃって思った」
彼女は心機一転、前に進むために大学の近くに引っ越しをする。
そして「とりあえず一回大学にいってみよう」と決意した彼女。
そこで思わぬ出会いがあった。
「たまたま受講したイタリア語の先生がとっても素敵な女性だった。
自分がネガティブなのに対し、先生はものすごくポジティブでサバサバしていていた。化粧っ気もなくてファッションもシンプルだったのに、とっても魅力的だった。こんな女性になりたいって思えたから、イタリア語の授業がとても面白くなって、他の授業もがんばれるようになった」
勇気を出して一歩踏み出した彼女に、さらなるチャンスが訪れる。
大学主催の”留学生とミュージカルを作るプロジェクト”を知り、何か新しい事を始めたかった彼女は参加を決める。
「そこでかけがえのない仲間と出会った。大学でできた初めての友達。その時できた友達は今までも親友」そのプロジェクトで仲間と共に歌う楽しさ改めて感じた彼女。
更に新しい事に挑戦したくなった彼女は、以前付き合っていた彼が『100人100日ミュージカルがあるらしい』と言っていた事を思い出し、インターネットで検索してみる。そして『A COMMON BEAT』の存在を知り、10期プログラムの体験会に参加する。
「スタッフのテンションの高さにはついていけなかったけど…楽しいって感じれた。10期に参加してみようって思った」
そして2008年の『A COMMON BEAT』10期プログラムで、彼女の歌の才能が開花する。
初参加にしてミュージカルナンバーのソロに抜擢されたのだ。
「嬉しいというよりも…すごく驚いた。こんな私でいいのかっていう気持ちが強くて。
10期の時は、最後まで自分の歌に自信が持てなかった。でもそんな自分だったからこそ、誰よりも練習して努力した」
「宣言した瞬間から始まってる」
『A COMMON BEAT』に参加し、今まで以上に歌う事に対して真剣に向きあっていくうち、彼女はこれからもずっと歌い続けたいという想いを不動のものにする。
「2010年を振り返った時、特に何かをやり遂げたっていう充実感がなかった事に気付いた。だから2011年は、自分のライブをやるのを目標にしたいと思った」
2011年春、彼女は友人のライブにゲスト出演し、何曲か歌う機会があった。
「そのライブの後、一緒にいた仲間達に『自分のライブをやる!』って宣言した。何かに挑戦する時って、宣言した瞬間から始まるんだってその時思った。そこから自分のライブをするため、少しずつ準備していった」
その後、彼女は場所を提供してくれる友人やギターやピアノでコラボレーションしてくれる友人と共に、ライブ開催に向けてどんどん計画を進めていたが、相変わらず自信が持てない自分と戦っていたという。
「ライブ直前まで、自分に自信が持てなくて、すごく落ち込んだ。
でも自信がないのは今までも一緒。今までもずっと努力して乗り越えてきた事を思い出した時、今回も努力すればいいじゃん!っと思ったら心がスーッと楽になった」
ついに11月、初ライブを実現させる。
そして早くも12月に2回目のライブを開催する。
彼女は自らのライブを振り返りこう語る。
「初めてのライブはすごく緊張していて、パフォーマンス的に不十分だった。
それでも来てくれた皆が『よかった』って言ってくれた。今までは褒められると素直に受け入れられない自分がいた。でも自分のライブを通して人に応援してもらえる幸せを実感して、今は『ありがとう』って素直に言える」
2回のライブを成功させ、「少し自分に自信がついた」と話す彼女。
そんな彼女に、なぜ自信がついたのか?という質問をぶつけてみる。
「自分にはこんなにも味方がいる。その人たちが応援してくれるから、自分を信じてみようと思った」と少しはにかんだように答える。
自分自身の弱さを受け入れ、それを抱えたまま歌い続けているからこそ、彼女の歌声は人の心に届く。
そして何よりも、歌える喜びが彼女の全身から伝わってくる。
彼女は、今まで幾多の困難を乗り越えてきた自信や、それでもなお消えない自分の弱さもすべて歌う原動力に変え、これからもずっと歌い続ける。
片山 貴世(かたやま たかよ)
ミュージカル『A COMMON BEAT』10期プログラムにキャストして初参加、伸びやかで透明感のある美しい歌声で、ミュージカルナンバーのソロに抜擢される。
その後も12期キャスト兼スタッフ、15期ではスタッフとして参加。
現在は東京地域スタッフ、会報誌の編集部員など多方面で活躍中。三年後に自作の歌だけでライブを開催する事が目標。