子どもから見て、大人はどう映っているのでしょう?
自分の未来の姿を重ね合わせているのでしょうか。
先日、ひったくりをした警察官を高校生が取り押さえる事件がありました。
高校生は「世も末ですね」とコメントしていました。
きっと、「世の中おかしい」と思わせてしまったでしょうね。
そんな大人ばかりじゃないのに、1人の大人の過った行動が子どもたちの未来への希望を失ってしまったかもしれません。
子どもからすれば、ひっくるめて「大人」と表現するでしょう。
そういう意味では私たちにも連帯責任があります。
子どもたちの未来に希望がなければ、子どもは大人になりたいと思えないでしょう。
大人が愚痴ばかりを言っていれば、大人になっても楽しそうじゃないと思ってしまうかもしれません。
私たち大人が一番すべきことは、「子どもたちが大人になりたいと思えるような振る舞い」をすることではないでしょうか。
それは何か1つのことをするということではなく、ある意味での生き様を見せる以外にないのかもしれません。
人生に正解などありませんし、大人の正解もありません。
お手本になる必要はありません。
でも、大人が楽しそうに大人を全うしていれば、子どもは自然に大人になりたいと思うでしょう。
子どもたちが未来に希望を感じないから、子どもたちは命を絶つという選択をしてしまうのかもしれません。
「学び」は「真似る」が語源です。
大人を真似て子どもは育つのだと思います。
だからこそ、私たちは真似をされてもよい・・・・真似たくなるような大人としてしっかり毎日を歩まなくてはならないと思います。
これこそが教育&共育なのではないかと思う日々です。