「子どもを見ているのが、楽しくて幸せ」
8月のある休日、市川恵里さんと一緒に明治神宮敷地内の森を歩く。
彼女は現在、保育園で働きながら保育士を目指している。
この神社は、彼女が節目の時に必ず訪れるという。
森の中は、真夏の暑さを忘れるほどひんやりとして、気持ちがいい。
木陰のベンチに腰を下ろし、「緊張するとおしゃべりになる」という彼女は、いつもより少し饒舌に話し始める。
「もともと、子どもが特に好きっていうわけではなかった。
でもバイトで子ども向けのテーマパークや写真スタジオで働いて、子どもと毎日関わっているうちに、いつも一生懸命な子どもの姿に少しずつ惹かれていった。
子どもを見ているだけで、楽しくて幸せって感じれた。
子どもが何かできた時の嬉しそうな表情を見るのが楽しくて、もっともっと子どもの成長に携わる仕事がしたいと思って、保育士の資格をとる事を決めた」
保育士の資格を取得するにはいくつも方法があるが、彼女が選んだのは厚生労働省が実施する、給付金制度を利用して学校に通う方法だった。
その試験に今年2月挑戦したが、残念ながら不合格だったという。
「この時は、保育士になりたいという想いだけで、まだ何も動き出してはいなかったので、私の本気度が伝わらなかったんだと思う。まずは保育の現場を見たくて、資格がなくても働ける保育園を探して、今の保育園に出会い働き始めた」
子どもと密に関わるようになり、彼女なりのポリシーが生まれてきた。
「子どもこそ、人として接してくるから、こっちがブレていたら見透かされる。
だから決して子ども扱いはしない。教えるというより、1人の友達として接するようにしている。
自分がされて嫌だった事は、子どもに『そうされて悲しかった』ときちんと伝えるようにしている。
人の想いをくみとれる大人になってほしい」
そして彼女は楽しそうに、こうも話す。
「私自身が子どもと目線が同じなのか、面白いと思う事が子どもと一緒。遊んでいると単純に楽しい。
子どもが興味のある事は、どんどん一緒にやっていきたい。そしてより深く勉強したいので、来年は給付金制度だけではなく、色々な方法を考えて、必ず学校に行きたい」
「自分が幸せになるために頑張ればいい」
彼女は以前から絵を描く事が得意で、去年から本格的に描き始めた。
保育士になると決意してから、絵のタッチが変わってきたという。
「以前は、とにかく色をたくさん使って、余白を作らないように描いてた。
自分の不安な気持ちをキャンバスにぶつけていたんだと思う。
描き終えても、何を描いたのか自分でも分からなくて…。
今は、色も絵もすごくシンプルになった。描きたいものもはっきりしている。
それは私の心が、すごく安定しているからだと思う」
かつて彼女は、自分の目標が定まらず苦しい時期があったという。
「もともと歌う事が大好きで、歌う道に進みたいと思う時期もあった。
でも…すっきりこれに行こうって思えなかった。先が見えなかったから。自分の不器用さがすごく嫌だった。
このままじゃダメだと思い、これからの事をじっくり考えたくて、しばらく独りになった時、いつも支えてくれている友達や親の存在のありがたさに改めて気づけた。それに気付けた事が、一番大きかったと思う。
私が今、保育士になるために頑張れているのは、その支えがあるからこそ。
以前は、自分が周りに認めてもらいたくて頑張っているところがあったけど、今は自分が幸せになるために頑張ればいいって思える」
そして彼女はこう続ける。
「やっと保育園という自分の居場所をみつけた。
保育士になるという目標も決まったので、もう迷いはない。
色々苦しかったからこそ、今がある。私は得したって思う。」
かつて先が見えなくて苦しんだ彼女の瞳に、今は確かな未来がはっきりと見えている。
市川 恵里(いちかわ えり)
高校でミュージカルの面白さを体験した事が忘れられず、インターネットで検索し、ミュージカル『A COMMON BEAT』の存在を知る。
11期プログラム(中部)にキャストとして初参加、13期(中部)キャスト兼スタッフとして活躍。
その後、15期スタッフ(東京)をするために、東京に移住。17期(中部)は、毎週末東京から通い、キャストとして参加する。
現在、保育士を目指して奮闘中。趣味は絵を描く事。