ダイバーシティ&インクルージョンは、わたしとあなたのこと──。コモンビートは、「わたしとあなた」という一人ひとりを起点にして、個性を響き合わせ、多様な価値観を認め合うことを目指しています。主要な活動である100人100日ミュージカルプログラムの参加者が、具体的に何を経験し、学び、そして仕事や人生にどんな変化を起こしているか。「人生アンサンブル」では、参加者の生の声をもとに、コモンビート広報室がお届けしています。
断られ慣れていた、長年の夢を叶えるのは今
今回ご紹介するのは、豊島区の職員として、中央図書館で「中途視覚障がい者への教育」や「点字書籍の校閲」をしている松本晶子「あっこ」です。二十歳ごろに失明した自身の経験をいかして、それぞれの中途視覚障がい者に合わせて働きかけています。
あっこは、子どもの頃から、体を動かすこと、歌って踊ることが大好き。ミュージカルの舞台に立ってみたいと長年思っており、これまでに複数の団体に問い合わせをしてきましたが、安全上の理由などで叶いませんでした。「断られ慣れてる人生だから、切り替えてきた」とあっこはあっけらかんと言いました。それでも、仕事ばっりかしてて笑う場所がない、やっぱり大好きな表現をやりたい!そんな想いで、諦めずに場を求め続けていた時にたまたま出会ったのがコモンビートでした。
コモンビートではちょうど「Musical For All――あらゆるひとに参加と鑑賞の機会を。」の取り組みが始まり、より多くの方が活動に参加できるように、キャストの参加要件等が変わったタイミングでした。また、お子さんの学業やご家庭の都合としても、いち個人として大きなことにチャレンジできるのは今しかないとあっこは感じていました。そんなあっこのキャストエントリーに対して、両者で丁寧な確認を行い、57期東京100人100日ミュージカルプログラムに参加することになりました。
常に互いを見ている、さりげない優しさ
思い切り歌い、踊るぞ、と意気込んでいたあっこ。ただ、コモンビートの舞台に全盲の方が立つのは、今回が初めて。経験も障害に対する知識も万全ではない中、「お互いのコミュニケーションで補い補い合おう」とスタートを切りました。
実際にコモンビートに参加しての印象を尋ねると、「心理的安全性がめちゃくちゃ高い」という返事。「私が一人になった時、誰かが自然と寄ってきてくれる」との言葉もありました。それは、100人の中でも大陸という所属場所があったり、こっそりバディという仕組みがあったり、みんなが自然にお互いを気にかける環境があることで、さりげない優しさや安心感を感じる場面が多くて嬉しいと、笑っていました。
また、目が見えない彼女にとっては、「おはよう」という声が聞こえても、それが誰なのか、果たして自分への挨拶なのかが分かりません。しかしコモンビートでは、それを強制しているわけでもないのに「あっこ、おはようxxxだよ」と彼女を呼び、名乗る人が自然と増えたそうです。晴眼者と違って、「人の踊りを見て、真似ることができない」ので、あっこは人に触って覚えます。視覚障がい者に会った事のないキャストが多かったので、最初の頃は「触っていい?」となかなか言えませんでしたが、今は、自然に互いに触れ合って、確認できています。
「できるとできない」は、ただフラットに差し出せば良い
目が見える人、見えない人が一緒に作る、初めての舞台。あっこも、コモンビートも試行錯誤が続きました。それでも、練習場でお手洗いに行きたい時など、「今、連れてってとお願いしたら迷惑かな?」「この人に声をかけて大丈夫かな?」そんな風に、一つ一つのことに気を張って時間を過ごしていたのは事実です。ところが、「ここでは、そんな気遣いは要らない。できない時はそういうから、そのまま伝えて。それで誰もあなたのことを嫌わない」と仲間が言い切りました。この時、あっこは「もしかしたら、今までと違う世界にダイブできるかも」と思いました。
どういうことでしょうか?あっこに聞くと、「視覚障がい者だけで一緒に過ごすと、移動とかは大変だけど、気持ちとしてはかなり楽なのよ」と教えてくれました。自分の思っていることをいちいち説明しなくていいし、変な誤解やすれ違いも生まれにくくて、居心地が良いということのようです。でもそれは同時に、似ている者同士で世界が閉じてしまうことでもあります。
「迷惑をかけてしまう=嫌われてしまうかも」という気疲れは完全になくなったわけではありません。ただ、「できるとできないは、ただフラットに差し出せば良い」という気づきがあり、そして、慣れた居心地の良い空間を飛び出してまでも、人と繋がってたい、みんなと一緒にいられるという喜びが上回っているといいます。コロナ禍で人との接触が敬遠される世の中になりましたが、多世代の多くの人と、実際に同じ空間で和気あいあいと過ごす中で、個性を響きあわせ、多様な価値観を認め合う場は実現できると感じ始めています。
気持ちは届けられるのか?
来月には本番公演を迎える今の心境を聞くと、まだまだ不安があるとのこと。でも、すでに観に来ると決めてくれた人たちのためにも、申し訳ないことはしたくないから全力でやるまで、と強く言い切ってくれました。
その中でも、作品終盤にある合唱において、「気持ちを届けよう」と演出に言われた時に、お客さんと目と目を合わせられない自分はどうしたら良いんだろう‥と迷ったと言います。キャストみんなとも相談して、そこに、「自分なりの届け方」を見出して、しっかりお客さんに想いを届けたいと話してくれました。
8月の東京公演で、ぜひあっこのメッセージを舞台で受け取りにきてください!
■ミュージカル「A COMMON BEAT」第57期東京公演
日程:2023年8月19日(土)・20日(日)
会場:北とぴあ さくらホール
詳細:https://musical-acb.com/
観劇サポート(音声ガイド・字幕)あり