2008年5月13日

第5期 東京公演 …キャスト構成

キャストには、ダンス・歌の未経験者も多く参加しています。関東圏以外からも毎週多くのキャストが練習に駆けつけ、4ヶ月間、必死に練習を重ねました。

性別

女性72% 男性28%

年齢

20代73% 30代17% 40代4% 10代3% 50代1% 未回答2%

現住所

東京都58% 埼玉12% 神奈川11% 千葉10%
群馬2% 山梨2% 茨城2% 長野1% 三重1% 愛知1%

職業

会社員36% アルバイト25% 学生13% 契約社員12%
自由業4% 無職4% 団体職2% 自営業2% その他2%

出演回数

初参加58% 2回目17% 3回目13% 4回目9% 5回目3%

第5期 東京公演大陸紹介 …自由の青大陸

青大陸のシンボルマーク

大陸ストーリー

広い海と高い空に囲まれた陽気な気候の大陸。 それが「Hey!青(セイ)!スカイハイ大陸(ヘイスカ大陸)」だ!
大陸内には、都市、高原、草原、密林、荒野、湿地帯など 様々なエリアがあり、人々は思い思いの場所で楽しく暮らしている。
いつもノリの良い音楽が流れているヘイスカ大陸の人々は ダンスをこよなく愛している。
大陸の中心にある「自由の丘」では、 毎夜ダンスパーティが繰り広げられるのだ!!
ヘイスカ大陸には、古くから伝わるひとつの伝統がある。
西の空に伝説の蒼い星が輝くとき、 全住民参加のダンスバトルが開催されるのだ。
そのバトルを勝ち抜いたアルバートによって統一されているヘイスカ大陸は まさに世界一楽しくノリのいい大陸といえるだろう!!

さあ集え!歌え!踊れ!ヘイスカの住人たちよ!!


アメリカの踊り

HIPHOPの言葉の由来は『“HIP”な奴等が踊りだした様子が“HOP”していたから “HIPHOP”』と言われている。
発祥の地は1970年代初頭のニューヨークのサウス・ブロンクス地区。当時、世間ではディスコが大ブームだったが、ディスコに遊びに行くお金がないアフリカ系アメリカ人の若者達は、公園に集まりパーティーをするようになる。家から運んできたターンテーブル(レコードプレーヤー)を外灯のコンセントに差込み、DJがレコードを回すなかでダンサーが踊り、グラフティー・アーティストは建物や列車に絵を描き、MCはラップを披露した。そんな中、自然にその 音楽に合せて踊りだしたことから誕生したダンススタイルが『HIPHOP』である。
自然 に生まれたダンススタイルの為か、様々なダンスの要素が取り入れられており、「こ れでなくてはいけない」といった決まりがない事が特徴である。


南米の踊り

サルサダンスとはラテンダンスの一種。
サルサはスペイン語で「ソース」という意 味。これは『このダンスが人生のより豊かな調味料(サルサ)となる』ところからき ていると言われている。起源はアフリカ系キューバ人の持ち込んだ「ソン」という宗 教ダンスが元であると言われている。アメリカに出稼ぎに行っていたキューバ人が キューバ危機以降自国に帰れなくなり、彼らがストリートで日銭稼ぎに始めたのが次 第にアメリカ人に受け入れられて今に至る。
現在、サルサのスタイルは"LAスタイル"や"NYスタイル"、 "キューバンサ ルサ"や"コロンビアンサルサ"などがあるが、国や土地によって独特のスタイルが その後確立され、それぞれその土地に応じて個性豊かなサルサが世界中で存在してい る。基本的に男女ペアで踊るが、パートナーな固定されず、1曲ごとに違う異性と踊 ることが特徴である。8拍子で1・2・3をステップしたら4は休み、5・6・7と ステップしたら8は休み、という踊り方はどのスタイルでも共通したルールである。

第5期 東京公演大陸紹介 …調和の黄大陸

黄大陸のシンボルマーク

大陸ストーリー

私たちは、事あらば火を囲みまじないを行い、金の神殿に住まう鳥姫皇女様を敬い、自然と共存し、その全てに神を見る。
調和から生まれる静かな強さ、
我等が黄金の国!

P.S.鳥姫皇女様は、金山の火口に住むといわれる幻の黄金不死鳥、我黄鳥の生き血を飲み、不老不死の身体になったというウワサ。きゃー!


日本の踊り

発祥地は高知県。今から約50年以上も前の1954年。当時近県では有名な阿波踊りがあり、高知にもそれに負けないような、商店街の集客を目的とする、誰でも楽しめるお祭りを作ろう!と立ち上げたそう。
由来は諸説があるが、土佐弁で「夜に来てください」と言う意味の「夜さ来い」というのが一般的のようである。また素手の阿波踊りに対抗して 、よさこいは鳴子を持っての踊りになった。
毎年8月、高知で4日間よさこい祭りが行われている。


インドの踊り

インド舞踊は5千年の歴史を誇る世界最古の舞踊で、世界の舞踊の源流であると言われている。
信仰と深く関わり人と神との交感手段として発達してきた背景があり、 舞踊は、神々への尊敬と愛情を表現していると共に、人々の繁栄も願われている。


黄大陸のテーマ

黄大陸では様々な集団行事の中で、歌い踊りながら天と神に祭祀を捧げている。
祭礼舞踊である各種国家行事や儀式、宮廷の宴会などで舞われる宮中舞踊の 最高峰に位置するこの踊りは、選び抜かれた三名の剣士と、一糸乱れぬ調和を織り成す踊り子達によって繰り広げられる。
舞の主題は個人の感情や情緒の表現にあるのではなく、 祖宗の功徳を称えたり、帝の長壽を祈願することにある。

歴史の鼓動が息づいた 我が美しき黄金の国!
神秘の力に守られた 我が素晴らしき黄金の国!

第5期 東京公演大陸紹介 …気品の緑大陸

緑大陸のシンボルマーク

大陸ストーリー

青い海に浮かぶ「伯緑大陸」。 かつてこの地では、 バルディス共和国、グリーン王国、神聖オリーブ帝国と ビリジアン公国の戦いがありました。
戦争の原因はわかりません。 たくさんの人が殺され、多くの風習や文化も破壊されました。 そして、最後に残ったのはビリジアン公国だけでした。
しかし、英雄王と呼ばれたマルゲリータ・カルボナーラ2世を戦いで失い、 すべての人々が、同じ過ちは繰り返さないと誓ったのです。
新たに即位したカンパリ王は、四つの国を表すシンボルと、大陸を表す緑色を、その国旗に刻んだのです。
それから30年、新たな王、パクラレンティーノ・カルボナーラのもと すべての人は、誇りと希望にあふれている。


ロシアの踊り

ロシアのコサックダンスのコサックとは”カザフ”のこと。
カザフスタンの馬賊の間で踊られていたダンスで、足を鍛えるために行われていたようです。
また、アイリッシュダンスがその元になっているという話もあります。
他に、“コブラチカ”という行商人が物を売り歩く様子を表しているダンスもあり、『ベンドキック』等アクロバット的な動作が多く、農奴のエネルギーを感じさせます。
“ゴパーグ”という結婚式の踊りもあります。


イタリアの踊り

南イタリアの民族舞踊で、毒蜘蛛(タラントラ)のかみ傷によって引き起こされる、激しく飛び跳ねまわる舞踊があることは、古くから記録されている。
しかし、実はこの蜘蛛には殆ど害は無く、人生の精神的危機に立った人たちが蜘蛛に噛まれたと想像して踊り始めた。
タンバリンやカスタネットの響きにのってタランテッラを踊ることで心が不思議に解放される。
近代にはタランテッラは民族舞踊として、村々の祭りの際に踊られるようになっている。


緑大陸のテーマ

花咲き乱れる美しい国
規律ある統治の下で人々は楽しく暮らす
盛り場に人が集まれば、この喜びを朗々と歌い 女たちは我先にと踊りだす
美しい深紅の薔薇のように 気高く 誇り高く 

♪さあ 歌おう 美しい国で うるわしき 我が大陸で
さあ 踊ろう 美しい国で 魅力のハーモニー 魅惑の大陸♪

第5期 東京公演大陸紹介 …情熱の赤大陸

赤大陸のシンボルマーク

大陸ストーリー

熱く燃える広大な大地で、動物達が活き活きと暮らしている。それを横切るように大河が流れ、上流には鬱蒼としたジャングルが見える。さらに奥には、歳月をかけて積み上げられた白く輝く石で造られた荘厳な宮殿がある。
そこに住む王は、この国のすべてと美女達を愛し、皆の信頼を集めながら暮らしている。
男達は成人するとすぐに旅立ち、日々死と隣り合わせの危険な狩をしながら、1人あるいは2人で家族と離れて暮らす。女達は、大地とジャングルの境に共同で住み、魚、貝、木の実や芋などの大自然の恵みを大切にしながら生活している。
満月の前夜。男達が獲物を担いで帰ってくると女達はそれを一日かけて上手に料理し、宮殿のそばにある遺跡に宴の準備をする。宮殿の王を招き入れ、今、生きている喜びを酒とともに味わい、朝まで踊り明かすのだ。


南アフリカの踊り

南アフリカの鉱山労働者が辛い労働を忘れるため、長靴につけられた金具、自分の体を叩いたりして踊っていたのが起源。
会話が禁止されていたため、労働者たちはコミュニケーションの手段としても踊っていた。


エジプトの踊り

紀元前のエジプト付近で踊られはじめる。オスマン・トルコ帝国がアラブ民族を支配していた頃は、ハレムの女性たちが王のために宴で踊っていた。
踊りには、子孫繁栄などの願いもこめられているという。 当時西洋の女性達はみな、体をコルセットでガチガチに固めていたため、豊満な腹部を大らかにさらけ出した。
このダンスを初めて目にした時は衝撃をうけたという。


赤大陸のテーマ

♪力あわせ生きるのさ!最高の仲間達!
大自然の力には人間は到底かなわない。1人の力は小さいもの。それが、5人、10人と集まり、はじめて狩をしたり、野獣から村を守り生きのびることがきるのだ。
得意不得意があっても、団結すればお互いに補えあえる。ここにいるのは、まさに最高の仲間達!

第5期 東京公演キャストの声 …大江 広一郎

インタビュー風景

大江 広一郎 (おおえ ひろいちろう)
1979年生まれ、東京都出身。
4月から印刷広告会社で働く社会人1年生。今回が5回目の参加。社会人になってからは平日の自主練参加が難しくなったが、平日は仕事、週末はミュージカルといった上手な切り替えを心がけている。


―コモンビートに参加しようと思ったきっかけは。
ピースボートの船内プログラムで初めてコモンビートにかかわりました。当時はセリフ・歌ともに英語だったんですよ。友人に誘われて、英語の勉強になると思って参加しました。ダンスは船に乗る2ヶ月前に初めてやっただけで、人前で歌うのは好きじゃありませんでした。


―何回も参加したくなるコモンビートの魅力って何ですか?
毎回様々な人と関わりを持てることでしょうか。キーワードは「人」。毎回100人の友達が出来るってすごいですよね。 参加メンバーが違えば作品は全然違うものになるし、演出によっても変わってきて…。毎回それぞれのよさがあるんです。


インタビュー風景 ―参加を迷ったりしたことは?
前回の参加には悩みましたが、今回は「やらない」選択肢はありませんでした。今は、生活の一部になっています。何回やってもその年が最高と思えるし、いい加減な気持ちはないです。


―回を重ねることで見えてくることはありますか?
周りが見える分、面白くなりました。最初は自分がうまくなることしか考えられませんでしたが、余裕が出てくると、みんなにうまくなってほしいという気持ちが強くなってきました。でも、先輩という感じはなくて、気持ちは新人と変わりません。


―生活に占めるコモンビートの割合は?
本当は仕事8割、コモンビート2割としなければと思っていますが、実際は五分五分ですね。6月初めの合宿頃から気合が入ってきています。


―どんな舞台を作っていきたいですか?
自分が朗読をする事もあり、「祖先への感謝を伝える」シーンに特に力を入れています。3回目の参加時に、初めて朗読役に抜擢されたのですが、不完全燃焼で終わってしまいました。今年は多くの人のアドバイスを取り入れ、どう想いを伝えていくべきかを試行錯誤しています。 どこか本気になれず、淡々と日々や人生を過ごしている人に、訴えかける何かを発信していきたいです。


―このページを読んで下さった皆様に一言どうぞ!
人の持つエネルギーを最大限発揮している舞台です。歌やダンス、表情を楽しむことはもちろんですが、なによりエネルギーを感じとって欲しいです。「いいものを見た」と思っていただければ嬉しいし、コモンビートの存在も是非知ってほしいです。140の心臓が奏でる、鼓動のオーケストラを届けます!

(取材:石井聡明、堀真人)

第5期 東京公演キャストの声 …瓜生 珠子

インタビュー風景

瓜生 珠子(うりゅう たまこ)
1978年生まれ、横浜市出身。
昼間はショールームのスタッフとして働くほか、得意なダンスを活かした活動もしている。以前は制作会社で働いたり、女優の付き人をしていたことも。今回が5回目の参加で、初期の段階からコモンビートの立ち上げに携わってきたメンバーの一人でもある。コモンビートでは、公演プロデューサーを務めた事もあり、ダンス指導や衣装製作も行う「縁の下の力持ち」的存在。


―コモンビートに参加しようと思ったきっかけは。
ピースボートの船内プログラムとして参加したのがきっかけです。苦手な英語も、好きなミュージカルを通してなら親しみが湧くかもしれないと思いました。


―何回も参加したくなるコモンビートの魅力って何ですか?
製作側にかかわっていたこともあり、実際の舞台だけではなく、それを作る過程でも「もっとやれる!もっとできる!」と挑戦できるところですね。毎回違うメンバーと出会えることや、コモンビートの活動自体が年々成長し続けていることにも魅力に感じています。


インタビュー風景 ―回を重ねてみてどうですか?
以前はもっと「作りたい」という気持ちが強く、力が入っていました。今はその力がだいぶ抜けて、自然体になっている気がします。


―もともと英語だったミュージカルを日本語にしたんですよね?
英語では日本人のお客様になかなか伝わりにくいということで、参加者有志による日本語化プロジェクトが発足し、日本語化が実現しました。もともと英語の作品なので、英語の歌詞はリズムとのバランスもいいし、愛着もあります。でも日本語で上演することで、より伝わりやすく、感情移入しやすくなりました。


―生活に占めるコモンビートの割合は?
気持ちは7:3のつもりですが、常にコモンビートのことを考えている自分がいて、実際には9.9:0.1くらいかもしれません。


―どんな舞台を作っていきたいですか?
どんなテーマの作品であっても、私の心に一番響くものは、力強さがあって、生きる力に溢れている舞台。コモンビートという作品はそういった「生きる力」を表現できる作品なので、エネルギーの溢れる舞台にしていきたいです。


―このページを読んで下さった皆様に一言どうぞ!
誰でもキャストになる可能性を秘めているし、舞台で輝けると思うんです。だから、ぜひ公演を観に来て、「参加したい」と思って頂きたいです。

(取材:高島一則、竹村知紗)

第5期 東京公演キャストの声 …八木原 徹

インタビュー風景

八木原 徹(やぎはら とおる)
1981年生まれ、埼玉県出身。神奈川県厚木市在住。
3月に大学院修士課程を卒業。現在は社会人1年生として、平日は夜遅くまで仕事、帰宅後にダンス練習という日々を送っている。歌やダンスの経験は一切なく、今回が初参加。


―コモンビートに参加しようと思ったきっかけは。
SNS(ソーシャルネットワークサービス)で知り合った人に誘われたのがきっかけです。小学生から野球を始めて、今も草野球チームに所属しているのですが、野球からちょっと離れて新しい事に挑戦したくなっていました。
修士論文が一段落した時にコモンビートのミュージカル体験説明会があることを思い出しました。行ってみたら楽しくて、みんな、すごくいい笑顔してるのが印象的でした。自分もこんな風に充実したいなと思って参加を決めました。


―実際に参加してみてどうでしたか?
初めは自分と周りの温度差に戸惑いましたが、練習でも目立つように前へ出たりして、積極的に仲間に入っていきました。最近はダンスやアクティビティを通して人との関係にも興味を持つようになりました。ふとしたことでも相手の考えていることを気にするようになり、自分で「変わったなぁ」と感じます。


インタビュー風景 ―ダンスも歌も未経験ということですが、実際どうですか?
カラオケは行くけど、歌は音痴で(笑)。ダンスも細かい動きが難しくて、毎日練習しないと出来ないなと感じました。運動なら何でも得意だったので、ダンスについては正直もっとできると思っていたんですけれどね。最初は恥ずかしくて、鏡の前で踊れませんでした。今は色々な人に教えてもらったおかげで自信がついてきました。


―コモンビートの魅力って何でしょうか?
全部。色んなバックグラウンドを持った人がいて、お互いが認め合い、補い合う…。
切磋琢磨して高め合う関係があるんですよ。野球と違ってミュージカルはみんなが主役。だから敵味方の意識なく思いっきり楽しめる。こんなに様々な人と出会ったのは初めて。だからとても勉強になるし、なによりも、めちゃくちゃ楽しいです!
今では完全にコモビホリック(コモビ中毒)ですよ(笑)!


―このページを読んで下さった皆様に一言どうぞ!
コモンビートは色々な人が集まって、様々な計画を立て、たくさんの事を経験をして、皆と一緒に成長し合える場だと思います。その中で作り上げられたミュージカルを通し、僕たちの本当に伝えたいこと、人と人とのつながりの大切さを少しでも感じとっていただけたら嬉しいです。

(取材:高島一則、石井聡明)

第5期 東京公演キャストの声 …渡部 美加

インタビュー風景

渡部 美加(わたなべ みか)
1984年生まれ、福島県出身。群馬県在住。
国際情勢に興味を持ち、大学では国際協力について学ぶ4年生。将来は、NGO活動とは別に、一般企業で国際協力活動を実現するのが夢。
ダンス、歌ともに全くの初心者とのこと。もちろんコモンビートにも初参加。


―コモンビートに参加しようと思ったきっかけは。
友人に誘われました。体験会に行く前は、ミュージカルなんて無理だと思っていましたが、未経験者も参加している事を知り、自分も受け入れてもらえそうだったので参加を決めました。
もうすぐ卒業だけど、社会に出る前に自己表現力を付けたかったんです。このタイミングで巡り合えたのだから、今しかない!と思いました。


―実際に参加してみてどうでしたか?
新しい環境は、人とのつながりに疲れる事もあります。でもここでは、心置きなく本音を言い合い、真剣に話し合える仲間がいます。色んな人の話を聞く機会もあり、自分が成長していると感じます。「自分をリニューアル」という目標も実現している気がします。


インタビュー風景 ―初めての本格的な歌、ダンスはどうですか?
体って思うように動かないものだな?と思いました。体だけでなく頭も鈍ってる気がしました(笑)。でも、歌もダンスもやればやるほど楽しくて。
参加前は、人前で歌ったり踊ったりするのが苦手でしたが、今はそれを楽しめるようになり、人生で1つ得をしたと思っています。


―コモンビートの魅力って何でしょうか?
ミュージカルナンバーがかかると笑顔になれる!雰囲気のある場所です。あと、必ず自分を見ていてくれる誰かがいる所。それがとても嬉しいです。
でも、貴重な機会なんだから「もっともっとうまくならなきゃ!」と焦ってしまう自分がいて、時々辛いです。


―ミュージカルで好きな場面はどこですか?
「すべてに今、感謝して」と祖先への感謝の気持ちを表現するシーンです。
犠牲になってくれた人たちのおかげで、今の自分がある。自分から遠い人たちとのつながりを感じます。沢山の人、様々な事に対する感謝の気持ちを伝えたい。すぐ近くにあるけれど見落としがちな普段の行動の中にも、自分が生きていく上で大切なものがあると思います。


―このページを読んで下さった皆様に一言どうぞ!
「異文化理解」というテーマは難しそうですが、気軽に観に来ていただけたらと思います。異文化理解は国を越えたものだけではなく、まずは「自分を知り、隣りの人を知る」という身近なことから始まります。今日このページをご覧になった方やその周辺の人、次の世代までを巻き込んで伝えていきたい想いがあります。ぜひ観にいらして下さい。

(取材:竹村知紗、武田敏子、浅見あすか)

第5期 東京公演キャストの声 …川尻 俊一

インタビュー風景

川尻 俊一(かわじり しゅんいち)
1982年生まれ、栃木県出身。
平日は会社員として働きつつ、土日は練習場まで、2時間ほどかけて通っている。
高校の時はミュージカル部に3年在籍。ボーカルの専門学校での勉強や地元での芝居経験もあり。今回が初参加。


―コモンビートに参加しようと思ったきっかけは。
ミュージカル部時代の友人が出演した公演(2004年春)を観に行く機会があって、あんな迫力のある舞台を自分もできたらと思いました。地元で芝居中心の舞台はやっていたけど、もっと歌や踊りのあるものをやりたかったんです。そんな時、偶然にもキャスト募集の話を聞き、締め切り間近に携帯で申し込みました。


―ソロが決まってどうでしたか?
最初は大役という意識は全然なかったんです。自分は支える役というつもりでした。でも仲間に「もったいない!参加している意義や大役の一人としての立場をもっと考えるべき」と指摘され、意識が変わりました。それからは、自分の役について色々考えるようになったし、今の自分はどうか?っていろんな人に聞けるようになりました。もちろん、楽しんでますよ!


インタビュー風景 ―コモンビートに参加してみて今思っていることは。
初めは練習期間中に彼女ができたらいいなと思っていたけど(笑)、仲間のアドバイスを受けてからは、自分磨きに没頭中。いろんな人と交流することで、話すことの大事さに気付かされました。
コモンビートに真剣になるように、仕事にも真剣になっています。苦手な朝も少しずつ克服していて、遅刻も減りました(笑)。残り1ヶ月しかないけど、来年も参加しそうです。


―コモンビートの良さって何でしょうか。
コモンビートは自分を探す場所。自分を形成できる。そして、変わろうと思えば変われる場所だと思います。あと、兄弟みたいな仲間ができる場所です。


―このページを読んで下さった皆様に一言どうぞ!
コモンビートの活動に参加していると、ここが日本ではないような気分になります。
別世界へようこそ!日常生活とは違う、尋常じゃないものを感じられます!!ぜひ観に来てください。

(取材:竹村知紗、高島一則)